研究テーマ

アト秒パルストレインによる分子励起過程

世界最短の物理現象の観測に成功:320アト秒のパルス光の構造を解明
 山内研究室では、理化学研究所緑川レーザー物理工学研究室との共同で、「高強度アト秒パルスと分子の相互作用」に関する研究を行っています。分子内の核の運動はフェムト秒のタイムスケールでおこることが知られています。しかし、水素原子のように軽い原子を含む分子の場合には、その運動を追跡するためには、レーザーパルスの時間分解能をさらに上げる必要があります。また、原子・分子内での電子の運動に関わる現象を追跡しようと思うと、フェムト秒パルスでは追跡できず、どうしてもアト秒領域の時間分解能が必要になります。そこで、わたしたちは、 アト秒パルスを用いることによって
  1. 分子内の核運動の高精度追跡
  2. 原子・分子内を超高速で動く電子の運動の観測
  3. 核と電子の運動相関の解明
を世界に先駆けて実現するために研究を進めています。
研究成果の要点は、
  1. 世界最短(320アト秒)の物理現象を観測
  2. アト秒パルスの内部構造を解明
  3. 極端紫外領域において初めて2光子クーロン爆発過程を観測
という3点にまとめられ、「アト秒化学の幕開け」になる研究成果と位置づけられます。詳しくは、科学新聞の記事の通りです。近い将来、非常に高速に分子内を動く水素原子をアト秒パルスで追跡することも可能になると期待されます。

アト秒パルスとは

時間幅(Δτ)とスペクトル幅(Δν)の間にはハイゼンベルグの不確定性原理の関係(Δτ Δν>1)があります。したがって、非常に短いパルスを発生させるためには、スペクトル幅(スペクトル帯域)を広げる必要があります。通常、フェムト秒パルスはチタンサファイアをレーザー媒質として利用し発生させます。残念ながら、この場合に実現可能なパルス幅は光学サイクルの約2.7fs(中心波長800nm)であり、アト秒(1アト秒=1×10・18秒)には到達できません。なお、光学サイクルは、(中心波長)/(光速)で与えられます。すなわち、アト秒の光学サイクルを得るためには、中心波長を短波長側に持っていく必要があります。
 では、どのようにして、短波長のパルスを発生するのでしょうか? 通常、非線形媒質(非線形光学結晶)を用いた波長変換過程を通じて、短波長のパルスを発生させます。しかし、大気中でこれらのパルスを発生させた場合には、有限の厚みを持つ非線形媒質を透過することや、伝播することによって生じる分散によって、パルス幅が延びてしまいアト秒パルスを得ることはできません。したがって、これまでのところアト秒パルスは、真空チェンバー中で高次高調波を発生させることによって生成されています。
 実は、高次高調波過程そのものが、強光子場中での特有の現象です。高次高調波の発生過程は再散乱モデルで説明されます。まず、強いレーザー電場におかれた原子・分子中の電子がトンネルイオン化します。次に、レーザー電場で加速され、運動エネルギーを得ます。レーザー電場は交播電場ですので、電場の向きが変わるとともに加速された電子は、もとの原子のイオンコアあるいはもとの分子の原子のイオンコア・分子のイオンコアと再衝突します。このとき、高次高調波が放出されます。この高次高調波の光子あたりのエネルギーは、基本波の数十倍のエネルギーにまで達します。ここでは詳しくは述べませんが、空間の対称性から、基本波の奇数倍のエネルギーの高調波(3次、5次、7次…)が発生します。
ここで発生する高調波は、「摂動領域」(低次高調波)、「プラトー領域」(強度が次数とともに緩やかに変化する領域)、「カットオフ領域」(強度が次数の増加とともに急激に減少する領域)に分類することができます。通常、「摂動領域」の光は金属薄膜フィルターを用いてカットします。アト秒パルスを発生するに当たっては、プラトー領域を用いるか、カットオフ領域を用いるかによって、発生されるアト秒パルスの時間プロファイルが変化してきます。プラトー領域の高次高調波を選択した場合には、スペクトルが離散的であるために「アト秒パルストレイン」が発生します。一方、カットオフ領域の高次高調波を選択した場合にはスペクトルが連続的であるために「単一アト秒パルス」が発生します。
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