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リサーチ・アドミニストレーターを活用しよう

山内 薫

近年、学術論文の総数に占める日本のシェアが減っているという統計資料に基づいて、日本の大学の研究力が他国に比べて相対的に低下してきていると言われるようになった。文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)の資料によれば、論文数シェアは、2000年頃に 9 % を超えたのがピークで、減少の一途をたどっており、2009年から2011年の平均では、6.6 %である。一方、これに比べると、中国は、2000 年は 4 % であったシェアが 2009年から2011年の平均では12 % に達している。

この学術論文数の減少が、日本の大学における研究活動の国際競争力の低下を反映しているかどうかについては慎重な分析が必要であるが、もし、全国的に大学における研究活動が低下しているとすれば、その原因の一つとして、大学の教員が教育と研究に使うことができる時間、つまり、本来の仕事のために使うことができる時間が減少していることが挙げられる。実際、それを裏付ける統計結果もあり、確かに、私も、学外、学内、学部内、学科内の用務をこなす時間が多く、教育と研究に専念するための絶対時間が少なくなっていることは痛感している。

この状況を打破する一つの有効な方策は、リサーチ・アドミニストレーターと呼ばれる職種の方々を育成し、大学の教育と研究を支援していただくことであると考えている。文部科学省は 2011 年から「リサーチ・アドミニストレーターを育成・確保するシステムの整備」事業を開始した。東京大学では、その事業に応募し採択され、リサーチ・アドミニストレーター推進室が設置された。そして、現在8名の URA (university research administrators) が、東大内の各部局において活発に研究や教育プログラムの支援活動を行っている。私が所属する理学系研究科では、2012年より、研究支援総括室 (ORSD: Office of Research Strategy and Development) を設置し、2名の URA (化学系1名、物理系1名)が着任した。私は、ORSDの室長として、彼らとともに大学院理学系研究科の研究支援の活動を進めているところである。

このORSDでは、プレアワードとポストアワードの両方の活動を行っている。プレアワードとは、概算要求、補助金事業などのための応募書類やプレゼン資料を、教員との綿密な打ち合わせを通じて作成し、教育研究事業に資する資金を確保する活動である。ポストアワードとは、そのようにして確保した予算によって推進されている事業の運営を支援することである。さらに、どのような教育・研究事業を今後進めていくべきかを、統計資料を基に分析し、その成果をプレアワードに役立てている。当初、化学系のURAの方には、グローバルCOEプログラムのポストアワードを主に担当していただき、物理系のURAの方には、フォトンサイエンス・リーディング大学院のポストアワードを主に担当していただいた。今では、お二人ともポストアワードだけでなく、プレアワードにおいても活躍しておられる。実際、ここで成功事例の一つ一つを申し上げることは差し控えるが、この1年間のORSDの活動は、研究活動に従事した経験を持つ優秀なお二人のURAのおかげで、極めて実り多いものであった。

私は URAの方々を雇用し、URAの方々に協力していただくことが、大学における教育研究活動の充実化につながり、ひいては、教育と研究を国際的により魅力的なものにするものと思っている。そのためには、URAの方々を雇用するための予算を確保しなければならないし、経験を積んだURAの方が、他の研究科や他の大学に雇用されるというような、大学をまたがるキャリアパスの仕組みを構築するなどの課題に取り組まなくてはならない。さらに、URAの方々が海外の大学や海外に出かけ、国外の教育研究およびその支援体制について情報収集をすると同時に、国際的な現場感覚を持っていただくための機会を用意することも重要な課題である。

さて、我々ORSDの一つの重要なミッションは、将来の大学における教育と研究の改善のための現実的な施策について議論し提案をすることである。私は昨年来、お二人のURAの方々とともに、日本の大学が直面しているさまざまな問題について議論し、検討を重ねてきた。そのうちの一つは、日本の大学の国際性が極めて低く評価されているという点を如何に将来的に解決していくかという問題である。

この国際性の問題については、世界大学ランキングという資料とともに語られることが多い。最もよく使われるタイムズ・ハイヤー・エデュケーションによる世界大学ランキングでは、評価項目の内、国際性に着目すると、日本の大学は軒並み30 点以下(100点満点で)である。国際性を上げるには、留学生や外国人教員の数を増やすことが必要となる。「世界のトップ大学から、研究ユニットを丸ごと誘致するなど、スピード感を持った外国人研究者の採用」を目指し、その結果として、トップ100校に日本の大学を10校ランクインさせたいという政府の提案も、この国際性の向上が急務であるとする考えの表れである。

しかし、我々ORSDでは、ランキングに振り回されることなく、教育力と研究力に見合ったレベルにまで国際性を高めるための、地道でかつ着実な方針を見出すことが重要であると考えている。最近は新聞にもたびたび取り上げられているが、学生が海外に出たがらないという傾向がある。例えば、日本からの米国への留学生数が、この10年前に4万人であったのが、減少しつづけ、現在は2 万人と半減している。それに比べて、中国は、この10年間に6万人から20万人と3倍以上も増加している。また、海外からの日本への留学生の数は増加傾向にあったが、2年前から14万人程度で頭打ち状態である。我々は、日本の学生が海外に教育と研究の機会を求めて出かけていくとともに、海外の学生が教育の研究の機会を求めて来日するという、若手人材の国際的な循環の場として、日本の大学が、より積極的に役割を果たしていくべきであると考えている。

日本の大学の国際性が低いという評価は、この国際的な人材循環の場として大学が十分に機能していないという評価に他ならない。その主な原因の一つとされるのが、語学の問題である。海外に留学を希望している学生ですら、英語能力が十分には高くないという現実がある。実際、2010年の調査において、日本人学生のTOEFL iBTのスコアが 70点で、アジアの30ヶ国中で27位という事実を知らされると、何とか抜本的な語学教育改革をしなければと思うのは無理からぬことである。また、留学生を迎え入れる立場から考えると、学部の講義が基本的には日本語でのみ行われているために、日本語が分からないと学部講義を受講するのが事実上無理であるという点、そして、学部事務や教務の英語対応が十分では無いため必要となる教務上の情報が得にくいという語学環境の問題がある。

これらの問題をすべて一挙に解決することは到底できないが、我々ORSDでは、すぐにでも取り組むべき方策をいくつか検討している。そのうちの一つで、ほとんど追加経費が掛からないで済む方策は、「教員の方々が講義を英語で行うことによって、留学生が講義を受講するときに困らないという状況を作り、そのことを広く海外にも広報すること」である。日本人の学生の理解度が落ちてしまっては本末転倒であるので、日本語を使ってもかまわないのだが、「英語しか分からない学生にとっても内容がフォローできる程度には英語で説明がある」という形をとれば済む話である。このような教育体制が取れれば、「英語ならわかる」という留学生にとっては、日本に来ることのバリヤーが格段に低くなる。英語での講義が普通に行われているという状況が実現できれば、大学院において海外に出ようとする学生にとっても語学への不安要因が取り除かれるというメリットがあると思われる。

他にも、学部学生が海外の大学のインターンシップに無理なく行けるように、大学の夏休みの期間をシフトして、諸外国の夏休みの期間に合わせるようにするなどのさまざまな工夫が考えられる。もし、このような方策によって、学生の国際的流動性が上がれば、大学の教員どうしの交流もより活発になるに違いない。そして、日本の研究者が海外の研究者とより深く研究上の議論を行うことになるに違いない。そうすれば、タイムズの大学ランキングにおける国際性のポイント(7.5%の重率)ばかりでなく、論文引用のポイント(30%の重率)も増加することになるだろう。即効性は無いかもしれないが、若手人材の国際流動性の向上に重点を置いて学部および大学院の教育研究をデザインすれば、その結果として、大学ランキングも自然に上がるのではないだろうか。

この国際化の事例では、URAの方々とさまざまな角度から検討を行ってきた。今後も、ORSDでは、大学が抱える教育と研究の問題に、URAの方々と連携して取り組んで行きたいと考えている。

(平成25年7月17日)

このメッセージの内容は、「化学と工業」誌、第66巻、2013年9月号、699-700ページに「論説:リサーチ・アドミニストレーターを活用しよう」として掲載されている。