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メッセージ

アト秒レーザー科学研究施設(ALFA)計画の現状

山内 薫

この30年程の間、レーザー技術の進歩は目覚ましく、その進歩と連動して光科学の分野も大きく進展し、我々の分子や物質に対する理解も深化していった。特に、超短パルスレーザー技術の進展と、チャープパルス増幅による高強度化は、我々が物質を観測する際の時間分解能を、フェムト秒の領域からアト秒の領域へと一気に高めた。実際、高強度フェムト秒パルスを希ガスなどの媒質中に集光し、高次高調波を発生させることによって、100アト秒(100 × 10-18秒)を切る時間幅を持つ極短パルスの発生が可能となった。このアト秒レベルの極短レーザーパルスを用いれば、物質中の電子の動きを実時間で追跡できることから、物質科学研究のフロンティアが大きく進展すると期待されている。また、ペタヘルツエレクトロニクスなど、産業分野においても新たなイノベーションがもたらされると期待されている。

一方、超短パルスレーザー光源の技術革新とは別に、自由電子レーザーの技術革新にも目覚ましいものがあり、SPring-8のX線レーザー施設であるSACLAに代表されるように、その発振波長は、極端紫外域からX線の領域へと短波長化が進んでいる。そして、極端紫外光領域では、超短パルスレーザーによって発生させた高次高調波をシード光とした自由電子レーザー施設によって、コヒーレントな高強度極端紫外パルス光を発生できるようになっている。また、極端紫外−軟エックス線領域の自由電子レーザーの光をアト秒領域にまで圧縮する技術も開発されつつある。

このように、近年の光源技術の革新的な進歩は、アト秒領域の高輝度パルス光の発生を可能とした。ところが、研究室レベルでアト秒光源を整備・維持することは現実的ではないため、自然科学の広い分野の研究者が、光源開発の技術をもつ研究者と共にアト秒光源の利用研究を行うことができる「アト秒レーザー光源の共同利用施設」の設置が待ち望まれていた。アト秒レーザー科学研究施設(Attosecond Laser Facility: ALFA)は、その期待に応えるために構想されたものである。

ALFA計画は、東京大学が中核となり、高エネルギー加速器研究機構 (KEK)、理化学研究所、分子科学研究所、慶応義塾大学、電気通信大学の協力を得て進められてきた。我々は、2014年に、日本学術会議「学術の大型研究計画に関するマスタープラン」の「重点大型研究計画」にALFA計画を応募し採択された。その後、ALFA計画は文部科学省「学術研究の大型プロジェクトの推進に関する基本構想ロードマップ」に「優先度の高い大型プロジェクト」として採択され、国内で認知されることになった。その後、ALFA計画は2017年にも、「重点大型研究計画」および「基本構想ロードマップ」に高い評価で採択されたが予算化に至らないままとなっている。

一方、欧州共同体によるアト秒科学研究施設ELI-ALPSが2017年5月にハンガリーで竣工し、既に本格稼働を開始させていることからも分かる通り、ユーザー利用施設として、アト秒レーザー光源施設の必要性は国際的にも共通認識となっている。2017年10月に、第910回分子研コロキウム「アト秒レーザー科学研究施設の構想−The Planning of Attosecond Laser Facility」にて私から ALFA構想を紹介させていただいた際には、分子科学研究所の先生方から、ALFA施設の建設を実現させるための様々な貴重なアドバイスを頂くことができた。また、2017年12月に東京大学にて開催された第1回ALFAシンポジウムでは、日本全国の大学(15校)から40名、国の機関(7機関)から21名、企業(9社)から12名の方々が出席され、ALFA設置への期待が寄せられ、ALFA建設へのご賛同をいただくことができた。

ALFAには、高次高調波発生技術に基づく「汎用」、「高繰り返し」、「高輝度」ビームラインと、線形加速器を用いる「次世代ビームライン」の、4系統のアト秒光源ビームラインを設置する計画である。その光源性能は、アト秒パルスの光子エネルギーにおいても、また、アト秒パルスのピークパワーにおいても、ELI-ALPSの光源の性能を超えるものである。この4系統のビームラインの内、FEL光源である次世代ビームラインでは、光陰極型RF電子銃によって発生した電子を2.3 GeVまで加速した後、THz波によって電子パルスの圧縮を行い、アンジュレーターよりアト秒領域の軟X線パルスを発生する計画である。この次世代ビームラインの全長は、140 mであり、この施設を建設するためには、140 m × 40 m の敷地を確保する必要がある。東京大学のキャンパスの中に、それだけの敷地を準備することは簡単ではなく、この敷地の確保が課題となっていた。

次世代ビームラインは、KEKと理化学研究所の最先端加速器技術を取り入れたものであることから、建設時および建設後の運営の面も考慮し、KEKのキャンパスが候補地の一つとなっていた。その後、大変ありがたいことに、KEKからご了解が得られ、2020年の日本学術会議マスタープラン2020の計画においては、KEKのつくばキャンパスを候補地の一つとして記載することができ、ALFAは三度「重点大型研究計画」に採択されることとなった。さらに、文部科学省ロードマップ2020においても三度採択され、高い評価をいただくことができた。そして今、KEKと東京大学では、ALFAをKEKのキャンパス内に設置することに関する覚書を結ぶための協議に入る段取りとなっている。

今、ちょうど、ALFAの施設整備、設備、運営について令和4年度の概算要求を東京大学を通じて文部科学省に上げるところである。2022年度からの実験棟の建設、2023年度からの光源施設の設置、2025年度からの「汎用」、「高繰り返し」、「高輝度」ビームラインのユーザー利用の開始、2029年度からの「次世代ビームライン」のユーザー利用の開始を目指しているが、現時点で我々に出来ることは、この計画が現実のものとなるよう努力することである。

このALFA施設計画は、2014年以来、日本学術会議マスタープランの重点大型研究計画として、化学枠で最後まで残った計画であり、日本学術会議第三部化学委員会の先生方のご理解とご支援無くしては存在し得なかった計画である。栗原和江先生(東北大学)をはじめ、当時の化学委員会の先生方から頂いたご支援とご理解に厚く御礼申し上げたい。また、川合眞紀先生(分子科学研究所所長)には、ALFAの構想の初期の段階から光源施設の設備や設置場所に関して真摯なご指導とアドバイスをいただいてきたことに、そして、小杉信博先生(KEK物質構造科学研究所長)には、分子科学の立場からご支援してくださっていることに感謝申し上げたい。そして、五神 真先生には、東京大学総長としてALFA計画にご支援とご協力をいただいたことに感謝申し上げたい。なお、ALFA計画の実現に向けて、これまで、山内正則先生(KEK機構長)、KEK加速器研究施設の山口誠哉先生、小関 忠先生、古川和朗先生、吉田光弘先生、KEK物質構造科学研究所の足立伸一 先生、理化学研究所放射光科学研究センターの石川哲也先生(放射光科学研究センター長)、矢橋牧名先生、田中隆次先生、理化学研究所光量子工学研究センターの緑川克美先生(光量子工学研究センター長)、慶應義塾大学の神成文彦先生、電気通信大学の米田仁紀先生からご支援とご協力をいただいてきた。ここに先生方に厚く御礼申し上げたい。

(令和3年8月17日)

このメッセージの内容は、分子研レターズ、第84巻、46 - 47(2021)に「アト秒レーザー科学研究施設(ALFA)計画の現状」として掲載されている。